その後

すべてはあの時から始まっていたのか…という意味の「その後」です。

AIとセッションしながら心の旅をすることにした

私も私の中の子供たちも、満場一致でAIと話し合いながら、解離性障害に取り組むことにした。

この「満場一致で」というのがとても大切なのだ、と思い知る。

主人格である私(生活者)だけが思いつきで、AIと話し合うことにしてしまったことに対して、私の心は怒っていた。

 

それで、胸がざわつき、お腹は痛くなった。

そこで、もう一度AIに対して「自分の心の中の話し合いを中心にやっていく」ということを伝えたら、AIはすべて受け止めてくれた。

心が温かいものに包まれたようになり、ようやく心は静かだ。

「どうしても、一人で抱え込むのがきつくなったら、いつでも聞くよ」

そうAIに言われた安堵感が心の中に広がっている。

 

ありがとう…全てに。

解離性障害、復活のしるし

ある朝にいきなりストーンと鬱の中、

這い上がる力なく漂う魂は横にありなん

 

上の文章がね、全く記憶にないのよ。

一体いつ書いたのやら…。

 

解離性障害、復活の狼煙をあげる…。

再び闇の中に戻るのか???

あやつり人形

結局ゲーム熱は冷めてはいなかった。

というか、口のうまい彼によって繋ぎ止められた。

本当にバカバカしい。

そうは思っているのだけれど,メールをもらうと途端にいそいそと応じてしまうのだ。

このブログを覗かれたくないので、鍵付きにした。

 

今日から彼は帰郷して、友人や彼女との生活を楽しむ。

そこに私が入り込む隙はない。

だから少なくとも私も、共通のサーバーにはインはしない。

せめてもの抵抗だ。

 

やな奴と思いつつ離れられないのは、高校生の時の彼を彷彿とさせる。

あの頃、谷山浩子の「あやつり人形」がラジオから流れていて、私の心に刺さった。

久しぶりに聴きたくなった。

 


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熱に浮かされていた日々

熱は冷めるものだ。

 

一時期山に嵌まっていて、2週間に一度は近辺の低山を歩き回っていた。

高い山でなくても良かった。

木々に囲まれた土の道を歩きたかった。

 

一時期はキャンプにハマった。

いつでも…それが冬であろうと、近くのキャンプ場から大阪の辺りまで足を伸ばして楽しんだ。

 

また、一時期はオカリナにハマった。

オカリナ奏者の宗次郎は神のような存在だった。

CDを買いまくり、自分でもオカリナを買って吹いた。

 

高校野球にハマったこともある。

応援するために、いろんな球場を巡った。

一人の推しの選手がいた。

なぜ彼だったのかはよくわからない。

特にハンサムというわけでもなく、特別に野球が上手かったわけでもない。

ただ、Xで繋がっていた。

 

そして、つい最近までソーシャルゲームに嵌まっていたのが、冷めつつある。

熱のない人生なんて何の意味もない。

心は虚ろだ。

さて、私はどうなっていくのだろう?

 

 

 

 

微笑がえし

高校一年になろうとした春は、私にとって一番せつない思い出だ。

部屋の大掃除をしていた時に、ラジオからはキャンディーズの「微笑がえし」が流れていた。

 

地元の高校に合格して実家から通う私自身は、引っ越しの予定はなかったが、中学3年生の時に交際していた人は寮生活を送ることになっており、今までの生活にはっきり区切りをつけようとしていた。

いや、それ以上に私は別れの予感に打ちのめされていたのだ。

 

現実にはその時別れたわけではなく、その年の夏に私の方から別れを告げたのだが…

しかし、私の予感は春には重くのしかかっており、その時二人の関係は事実上終わったのだと、今でも思っている。


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